初代ステレオ事業部長 鈴木健の 「私の体験よりの随想」


第4章:魅せられた生の音の感動が私をかく歩ませた

1):少年時代に聞いた生演奏の感動は、当時の再生器の音の貧弱さをなんとしても改善してみたいという意欲に駆られ、ソフトハード両者を創作している ビクターなら願望が叶えられると考え、V社に入ることに決めたのです。私の音創り人生はこうして始まりました (定年退職後の今でもまだまだ生の感動を与えてくれぬだけに、ろくな研究が出来るはずは無いですが、感動を与えている波群パターンの 検討を続けております。・・・・臨場感は視、聴両情報の相乗効果だけに、現在は音場パターンに画像情報のあり方をも合わせ検討しております)


2):私の目標は物理特性の改善では無い。(どのメーカーもやることなので、ここからは何の差別化力も生まれません)。  常に生のあの感動・・・臨場感に近づけるための条件追求と実現化にある。改良技術と開発技術は一般には混同されがちである。前者は既に存在する 商品分野での改良を計る技術であり、後者は新しい効果価値を始めて世に提供する技術。独創的商品を生み出すV社の本命は後者であるはず。 根本的に異なるのは前者の、目的ニーズは既にあるのに対し、後者は新しいニーズを持つことから始まるもの。従って本当の開発は先に技術ありきでなく 独自の情熱的ニーズを実現したいとする執念に燃える人がいなくては生まれぬことを知るべきである。独創性を企業の柱にする会社にとって如何に人事のあり方が 重要かがここに在る。


3):モノラル時代でも半歩でも生に近づけるにはどんな音の出し方・・・・波群情報作りが重要か?
人間は左右に耳を持ち生演奏の音もステージ上 左右一杯に配置されたオーケストラから発し、加えてホールの両サイド壁の反射音等、横に幅広く展開された音波群を聞いている筈。近似的にもこのパターンに すべきと考え、生まれたのがLA-8(製品写真はこちら) というヒット商品である。モノラルとて世界の有名電蓄でも皆縦長の キャビネットを用いていたがLA-8型は 独特の横に長いキャビで底に大口径のフルレンジスピーカーを設け拡散を行わせ、前方左右にはそれぞれ独立したスピーカーを、更に反射板まで設け、 豊かな音場が左右一杯に広がる様にしたもので、理屈ぬきでユーザーに今までに無い新しい感動を与えたのであろう。空前の大ヒットになったのです。 当時ベトナム米軍は飛行機で是を求めに来たほどでした。


4):45/45ステレオ方式の開発に成功

・・・・・・・当時の写真はこちら    教え子による技術論文はこちら


   更に生に近づけたいとする執念は各楽器(原音)の位置感を出す2chステレオの実現を目指す。初めは縦と横の振動での2信号録再を考えたが、 前者(縦振動)は音質は悪く2chステレオの原理たる左右均等の音質条件を満たさず。そこでお互いに相手に半分づつ悪条件を背負わせて左右同質に することに着眼、左45°傾斜方向と、右45°傾斜方向に記録する方式にしたのです。これが45/45ステレオ方式の原理なのです。 説明すれば簡単ですが、この発想は世界で初めての開発だけに大変な苦労の結果生まれたのです。この開発は業界各社が同一目的ニーズを持つ競走の中で 勝って生まれたものではなく、より生に近づけたいとするビクター独自の強いニーズが生み出したものなのです。一般に発明は技術が先に生まれて可能にする、 と思われがちだが、全く逆で情熱に燃えた執念的ニーズが先に存在してこそ可能にする技術を生み出すことを知るべきでしょう。


5):業界初の生とのすり替え公開実験に挑む   ・・・・・・・当時の写真はこちら
ステレオになってもまだまだ生の感動には程遠い。もっともっと生に近づけたい、この主要因は 音場パターンと感動の関係の探索にあり。ステレオ装置を構成する各コンポーネントの質のみの改良では片手落ちで、所謂臨場感向上は不可能なのです。 ・・・・今尚10年一日のごとくコンポーネントの性能改善に偏重しておるのは誠に残念でならぬ・・・・音場パターンと感動の関係を実際のホールを用い 実験することを決意し、どうせやるなら公開実験にし、来客の皆さんにチェックして貰おう、と考えたのである。成功するかどうかではない、どのような SPK配置にした音場を作れば、どこまで生に近くなるのかの実験なのです。旨く行くか全く分からぬこんな冒険を公開でやることだけに常務会でも激しい議論になる。 私は飽くまで実験であり成功、不成功よりV社の姿勢を大衆に知ってもらうのが目的であり、あわせていろいろのデータが取れるのだから是非実行したいと主張す。 最後にトップがOKの断を下された。大変な冒険を私ごとき者にやらせて頂けたトップの決断に今思うと頭が下がる思いです。 トップも大変心配されていただけに無事実験が成功裏に終わったとき舞台に飛んでこられ一人一人に握手をしてくださいました。 その感激は今でもこの手に残っております。この実験はその後の音つくりの一大指針になっていることは勿論、音響界の歴史に新しい1ページを残したことは事実である。