「ステレオレコードと生演奏のすり替え実験」の実際


「第16回 杉の会」のメインイベント「生スリ!!実況サウンド」を試聴

鈴木健先輩の功績としての~原音の探求に挑戦する男たち~ は当HPに掲載中ですので、今回は、どのようにしてすり替えたか?など、ステレオレコードとのすり替え実験を中心に 「すり替えで実際に使用した機材や方法などにも焦点を当て、実況サウンドや解説を聴きながら、技術面の話を理解して頂きたいと思います。

ビクターの「ナマ演奏とステレオ再生音とのすり替え実験」の歴史

「再生機器の音を少しでも生演奏の音(場)=原音に近づける!!」 この思想が長年にわたり、我がステレオ事業部の技術開発目標として 培われて来たことは、皆様ご承知の通りです。結果として、この思想からいろいろの技術が生まれ、それらの技術を活用して 「ステレオ再生音と生演奏とのすり替え実験」の挑戦を、何回もやって来ました。
左は北村栄治クインテットとBLA-50:6台、右が日本フィルオーケストラとBLA-60:12台
最初のすり替え実験は、昭和35年(1960年)11月に朝日講堂で行われた、 「ステレオ録音テープと藤家虹二クインテットのジャズ生演奏によるすり替え実験」です。スピーカーには、ビクターのLCB-1C型が使われている。
2回目は昭和40年(1965年)7月、同じく朝日講堂で行われた、「ステレオLPレコードと北村英治クインテットのジャズ生演奏によるすり替え実験」 です。音楽評論家、オーディオ評論家、報道陣、特約店と客など約450名が招かれた。「ステレオレコードとのすり替え」はこれが始めてである。
アナログレコードプレーヤーSRP467型、スピーカーBLA50型6台、すべて日本ビクターの市販商品が使用された。正解者は9名であった。 使用した音楽は「アバロン」。北村英治のクラリネットのサウンドが素晴らしかった。
ステレオレコード冒頭に録音されたドラムスのリズムを切る 音が小さくステージ上に再生され、それに合わせて各メンバーが音を合わせて生演奏を行い、途中のステレオレコード再生音に切り替わった ところから、演奏者は音無しで演奏をしている演技をした。
3回目は昭和41年(1966年)7月、教育会館虎ノ門ホールで行われた、 「ステレオLPレコードと大編成オーケストラのクラシック生演奏によるすり替え実験」です。 「ステレオレコードとのすり替え」はこれが2回目である。ステージ左手より指揮者の服部克久さんが登場し、一礼後指揮台に登る。
ステージ前方左側に置かれたレコード・プレーヤに針が降ろされ、アンプのポリウムが上げられた。やがてスピーカーから譜面台を指揮棒で叩く音が 出て、それを合図に日本フィルオーケストラ42人編成の演奏が始まる。同時に舞台右手の電光掲示板の数字が3秒毎に変わって行く。 使用した音楽は「カルメンハバネラ」。レコード冒頭に録音されたチェロのリズムを切る音が小さくステージ上に再生され、 それに合わせて指揮者は指揮棒を振り、オーケストラがそれに合わせて演奏した。始まって16小節目で、全ての音がレコードの再生音に切り替わった。 以後演奏者は音無しで、演奏をしている演技をした。聴衆は1621人。すり替えの個所(電光掲示板の数字12番)を当てた人は、 たった14名(0.8%)だった。スピーカーBLA60型12台、アナログレコードプレーヤーSRP469型、業界初グラフィックイコライザーSEA (SoundEffectAmplifier)搭載プリアンプPST-1000型、大出力パワーアンプMST-1000型など、すべて日本ビクターの新開発市販商品が使用された。
この時の実況解説はフォノシートレコードWES-8627に収録されており、ここではその一部を聞けるようにしました。 この「生スリ」実況解説はここをクリックして下さい。

「生スリ」に使用されたレコードの作製秘話!

「生スリ」本番前日、借り切った会場では「リハーサル」が何度も行われた。ステージ上にセットされたマイクで 、ステレオ録音されたテープの再生音を使い、スピーカーの音を生演奏音に近づける音質調整や、楽器配置とスピーカーの位置関係などが 念入りに検討され、ステレオLPレコードを製作するための最終録音が行われた。このマスターテープは、直ちにカッティングを行う ビクターレコード製作現場に持ち込まれ、一晩でステレオLPレコードに仕上げられ、次の日の本番に持ち込まれた。

ステレオLPコードと生演奏の「生スリ」に使用した主な機材

ジャズ「北村英治クインテット」の場合
実験日:昭和40年(1965年)7月16日
レコード:前日のリハーサルで録音し、特急で作られた特別ステレオLPレコード
スピーカー:BLA-50型 6台
プレーヤー:SRP-467型 1台
アンプ:6CA7PP真空管アンプ 6台
特注業務用SEAイコライザーアンプ:ビクター青山スタジオから借用
このナマ音源レコードの再生音はここをクリックして下さい。

クラシック「日本フィルハーモニーオーケストラ」の場合
実験日:昭和41年(1966年)7月14日
レコード:前日のリハーサルで録音し、特急で作った特別ステレオLPレコード
プレーヤー:SRP-469型 1台
カートリッジ:IM-1E型(Induced Magnet タイプ)
スピーカー:BLA-60型 12台
ステレオパワーアンプ:MST-1000型 6台
7素子SEA内蔵グラフィックイコライザープリアンプ:PST-1000型 1台
このナマ音源レコードの再生音はここをクリックして下さい。

主な使用機材の写真


「生スリ」の生演奏とレコード再生音の切り替え手順の実際

:すべてのスタートはレコードを再生することから始まる。
レコード冒頭・リズム部分の音量レベルは、指揮者に聞こえる程度に抑える。
:演奏者は、指揮者の合図で演奏を開始する。
:切り替えタイミングを当てさせる電光掲示板数字は、3秒ごとに表示する。
:切り替えタイミングに来た時、レコード再生音レベルを生演奏レベルまで上げる
:以後演奏者は、音無しで演奏している「ふり」をする
:トータル約2分間の演奏で、すり替え個所は途中一回。
:やがて途中で演奏者は「ふり」も止め、客席にお辞儀をするが、 レコードのステレオ再生演奏はまだ続いているので聴衆はびっくりする。
:以上がナマとのすり替えの全手順である。いかにも簡単そうだが・・・・・

「生スリ」の苦労話

レコードとのすり替えを担当した、当時の設計者太田一穂さんは、その苦労を次のように話す。思い出は、特に「 レコードとオーケストラ生演奏とのすり替え」にあったようです。
*「生演奏の音量は、演奏するたびに音量が変わる
ので、合わせるレコードの再生音量を、その都度微調整する必要があった。午前中のリハーサルに比べ、 昼飯後の本番では、オーケストラの音量が1デシベル近くも上がった。この想定外のアップ量にはパニクった!! その音量ツマミ合わせにヒヤヒヤした」と話す。

参考文献および協力者

1:太田一穂さん:実験内容詳細、音源提供、苦労話および文章添削
2:ステレオサウンド別冊:世界のオーディオ「VICTOR」
3:日本ビクター発行:日本ビクターの60年
4:ステレオの産業史/日本ビクター#2・・・web
5:音の歴史とビクター(社内研修資料)・・・web
6:構成編集:遊佐 康弘

◎尚太田一穂さんは昭和36年入社の当時新進気鋭の設計者で、ビクターステレオ事業部としては初めての大出力トランジスター式パワーアンプ MST-1000型の設計開発や、回転方式を上下左右方向に動かすスライド方式のツマミに変えたグラフィックデザインブームの 先駆けとなるSEA(Sound Effect Amplifier)内蔵プリアンプを開発したことで知られる。