尾崎英明さんから皆さんへの近況のご報告です
このレポートは尾崎さんの原案を海津さんがアレンジしたものを元に編集子がHP用にアレンジしました。
尾崎さんのご挨拶です。
こんにちわ、尾崎 英明です。
皆様にはご無沙汰ばかりで申し訳ございません。この度、幹事さんからの「出席が難しい人からは
何かコメント」を、というお言葉に甘えまして、今までの経過と近況を述べさせて戴く事になりました事、
誠に有難うございます。
尾崎さんは御歳75歳になられました。聴力が多少落ちるなどありますが至ってお元気で、海と山に
囲まれた風句明媚な和歌山で過ごされているご様子を以下にご紹介いたします。
昭和39年、一体型ステレオがセパレートステレオに移行して行く時期に、セパレートステレオのはしりに
なったSSL-91、93、95と、本当に休む暇無く次から次へと、当時の主任の山村さんや大田さんにお世話に
なりながら夢中で、設計をしていました。
朝、南林間からのビクターバスで工場に出勤、設計ではハウリングで悩み、生産に移るとラインを止めたとか
開梱だとかいろいろと、めまぐるしく走り回る毎日でした。右下は当時の製造課の内部です。
昭和50年代には、CD-4全盛時代になり、ラボシリーズの4chプリアンプJP-V1000の設計、この機種の
シャーシー構造が当時斬新なコンピューターライクなものだったと思います。
ただ販売数が少ないことから手作り的な部分が多く、両面基板の接続が、今では考えられなし「ハトメ」で
半田盛りをし、しかもフレキシブル基板が折れやすいと来ているので歩留まりが悪く、市場でのトラブルも
絶えず大変ご迷惑をお掛けしてしまったことを思い出します。
■この後、CADとEOA基板設計の業務を行った後、かねてから部品メーカーからIT化を手伝って欲しい
と言われていたのですが、1年間いろいろと考えた末に57歳で郷土に移住することを決心しました。
その会社はいわゆる中小企業で、主にピストンやクラッチなどの部品を下請けでしてまして、常に低価格、
短納期高品質を求められる状況で、受注から出荷まで、IT化推進待ったなしの状況で、運良く私が
そこにはまり込んだわけです。機構関係は専門外で戸惑いもありましたが、「機械工学」「金型設計」
「ソフト言語」など過去に無い猛勉強の毎日でした。
経過をお話しすると長くなりますので、割愛させていただきますが、約6年間を通してこの仕事に携わり、
工場のマシンスケジュールなど、一貫したIT化を順調に進めるスタートを切ることが出来ました。
ここで改めて大和時代のCADの経験を頂いたことに感謝申し上げる次第です。
那智の火祭り
和歌の浦の和歌祭り
東照宮の神輿おろし
道成寺のジャンジャカ祭り
これら以外にも多くの祭りを見て回り、杉の会のHPにもアップしておりますのでご覧ください。
魚釣り
防波堤や時には遊魚船に乗っての魚つりも楽しみ、まぐれでこんな真鯛を釣り上げたことも・・・・
菜園の楽しみ
マンションに付属する小さな庭で、日当たりもあまりよくない場所ですので、たいしたものは作れませんが
花や野菜を作りを楽しんでいます。今年は小玉スイカと中球トマトを作りました。
スイカは狭いところなので「3段ベッド」を仕立てて5個実らせました。
毎日の買い物
毎日の買い物は運動とボケ防止のためです。雨でない限り往復5Km余りのスーパーに自転車で買い物に
行きます。毎日公園の中を通りますので、2月の寒緋(かんぴ)桜を、はじめとして季節とともに椿、そめい吉
野、ウコン桜、カンザン桜、真っ赤に紅葉したもみじなど四季の草木を楽しむことが出来ます。

私の近況はざっとこんな感じです。余談になりますが家内のほうは卓球三昧の毎日です。孫までが卓球を
やるようになってしまいました。孫は2家族で5人、一番上が中学3年生で残念ながら男の子ばかりです。
長々とご覧頂き有難うございました。