- ヨーロッパ旅のひとこま -       2005年3月  川出 敏一

(6)美しい風景と商人の国、ベルギ−


川出さんの定年退職10周年を記念しての エッセイ「旅のひとこま」第6回目は「干拓で国土を造るオランダ絵画の故郷、ネ−デルランド」です。


ベルギ−は四国の1.5倍の小国ですが、オランダ・ルクセンブルクと共にベネルックス3国を形成しており、欧州委員会本部を置く国際国家です。中世には毛織物の交易で栄えましたが、現在でもなぜか国民の生活水準が高い国です。

首都ブリュッセルは1000年の歴史を持つ古都で、近代的商業都市であると同時に中世の建物が並び美しい風景を作り出しています。グラン・プラスは縦110m横70mの石畳の広場でユネスコの世界文化遺産に登録されている一番の観光地です。周囲には高さ96mの塔上に守護天使を戴く市庁舎、ネオ・ゴシック風の旧スペイン政庁王の家、中世に大金を投じて建てられたギルド・ハウスが並んでいます。有名な小便小僧ですが、衣装500点が王の家に展示されています。

運河に囲まれた水の都ブル−ジュは中世の街並みがそのまま残っており、街自体が博物館です。中心部マルクト広場には47個の鐘のカリヨンがある高さ83mの鐘楼、ネオ・ゴシック様式の州庁舎があり、ボ−ト・トリップで運河を巡ればまた違った古都の美しい風景を楽しむ事が出来ます。

ゲントも古くから毛織物の交易で栄えた所で現在も中世の面影を残している街です。レイエ川に架かる石橋、聖ミヒエル橋からの眺めはどちらを見ても絵画的です。道沿いにはゴシック建築の聖ニコラス教会、52の鐘からなるカリヨンが響く高さ91mの鐘楼、フランドル絵画の大傑作ファン・エイク兄弟の祭壇画“神秘の仔羊”を収める聖バ−フ大聖堂があり、川沿いには12世紀から17世紀の美しいギルド・ハウスが並んでいます。

ベルギ−名物と言えばまずビ−ル、その数600種類余ありますが壜ビ−ルが主体でレストランでの“生いっちょう”は馴染みません。高価なベルギ−・チョコレ−トは日本でも至る所にありますが本国では廉価な物が一般的です。最高の宝石ダイヤモンドは、世界の70%をベルギ−で加工されていますが現地の大衆には遠い存在です。ダイヤモンド加工の中心地アントワ−プのペリカン通りに行きますと黒い帽子に黒い服のユダヤの人を大勢見掛ます。そうです、ベルギ−は商人の国です。人々に喜びを与えて多いに稼いでいる国です。私も美しい風景を見るため現地通貨TCの現金化に8.6%のコミッションをお支払いしました。
 
記 平成17年3月
写真はグラン・プラスのギルド・ハウス、左から弓ひき・建具・脂・製パン業者の館です。


    - ヨーロッパ旅のひとこま -      2005年2月  川出 敏一

(5)干拓で国土を造るオランダ絵画の故郷、ネ−デルランド


川出さんの定年退職10周年を記念しての エッセイ「旅のひとこま」第5回目は「干拓で国土を造るオランダ絵画の故郷、ネ−デルランド」です。


オランダは17世紀に世界的大商業都市として栄えた国ですが、我国との関係も深く鎖国時代に唯一交流のあった国でもあります。九州と同じ位の面積で国土の25%が海面下にあり、その50%が数百年の歳月をかけた干拓地であります。海岸線に沿って延々と伸びる堤防の上をドライブしますと、片や住宅の立ち並ぶ土地は海面より低く、怖さと驚きを感じます。国民の生活水準は高く、KLMオランダ航空・フイリップス・ハイネケン・ユニリ−バ・ロイヤルダッチシェル等の大企業の本拠地でもあります。

首都アムステルダムは平均標高マイナス7mで縦横に運河がめぐらされ北のベニスと言われています。運河クル−ズで市街を観光しますと、間口の狭い切妻屋根の豪商の家・東インド貿易船の実物大模型を展示するオランダ海洋博物館・東京駅の原型アムステルダム駅・アンネフランクの隠れ家などを見ることが出来ます。

アムステルダム国立美術館には繁栄の17世紀に輩出したオランダ絵画が数多く展示されています。なかでも有名なのはレンブラント・ファン・レインの“夜警”で本国でも超特別な扱いです。3.6m×4.3mの大作で登場人物一人一人の表情が見事に描かれており細かい装飾物も手抜きがありません。

デン・ハ−グはオランダ上下院、女王の執務宮殿、国際司法裁判所がある事実上の首府ですが、首相の執務室があるビネンホフの一角にマウリツ・ハイス美術館があります。デルフトで生涯を送ったフェルメ−ルの数少ない作品が一堂に展示されていますが、オランダのモナリザと呼ばれる“真珠の耳飾りの少女”、を見ますと青いタ−バンを巻き真珠の首飾りを着けたエキゾチックな風貌の少女が何時までも印象に残ります。

オランダはチュ−リップで有名ですが、世界の花市場の60%を占める花大国で春から秋の季節はキュ−ケンホフ公園・ア−ルスメ−ル中央生花市場だけでなく、街中が花々で溢れます。

さてアムステルダムのスキポ−ル空港ですが、男性トイレ小に蝿が一匹止まっています。勿論印刷ですが、貴方の大砲はもう少し近付けて狙い撃ちしなさいという事です。

記 平成17年2月 
写真はアムステルダム川沿いの風景、後方は南教会です


    - ヨーロッパ旅のひとこま -     2005年1月  川出 敏一

(4)ノルマンディーとモン・シャン・ミッシェル


川出さんの定年退職10周年を記念しての エッセイ「旅のひとこま」第4回目は「ノルマンディーとモン・シャン・ミッシェル」です。


パリの北西80km、セ−ヌ川下流に広がるノルマンディ−は英仏海峡に面しており、9世紀に北部ヨ−ロッパからバイキングとして侵攻し住み着いたノルマン人に由来します。百年戦争でフランスを栄光に導いたジャンヌ・ダルク終焉の地であり、また第二次世界大戦末期に連合国軍が上陸作戦を行った激戦地でもあります。

豊かな農業地帯で酪農が盛んであり、600kmに及ぶ美しい海岸線や海辺の港町、変化に富んだノルマンディ−の自然は多くの画家達を惹き付けました。現在でもパリの人々が街の喧騒から離れて休日を過すリゾ−ト地となっています。

ル−アンに程近いセ−ヌ河畔のジヴェルニ−村に印象派の巨匠クロ−ド・モネの邸宅があります。彼の設計した庭園やアトリエ、邸宅が修復されて一般に公開されています。“バラ色の家”には多くの浮世絵のコレクションがあり、美しい花に彩られた庭園には日本風にアレンジされた睡蓮の池があります。

隣のブルタ−ニュに入りますと港町サン・マロがあります。かつては王公認の海賊たちの要塞でしたが、現在は高級リゾ−ト地として人気があり、城壁が囲む旧市街には美しい邸宅や洒落たカフェが並んでいます。

モン・サン・ミッシェルは海岸の浅瀬の小島に聳え立つ修道院ですが、外観は巨大な城塞都市です。干潮時には周囲は砂浜となり、海岸との間を車の通れる堤防で結ばれますが、満潮時には海の中の孤島となります。頂上の修道院に至る狭い参道の両脇には旅館や食堂、お土産物屋が並んでおり、多くのの観光客で賑わっています。砦に挟まれた狭い宿屋に一泊して、夕闇迫る中を城壁に出ますと、周囲の海が白波を立てて猛烈な勢いで迫り、あっと言う間に海上に孤立してしまいます。島の名物は叔母サンのクッキ−とオムレツですが、食い気より天下の奇観を堪能しましょう。何処の国でも、お坊さんは凄いことをするものです。
記 平成17年1月
写真はモネ邸の睡蓮の池です。


    - ヨーロッパ旅のひとこま -     2004年12月  川出 敏一

(3)コ−ト・ダジュ−ルとプロヴァンス


川出さんの定年退職10周年を記念しての エッセイ「旅のひとこま」第3回目は「コ−ト・ダジュ−ルとプロヴァンス」です。


トゥ−ロンからニ−ス、モナコを通りイタリア国境までの地中海沿岸をコ−ト・ダジュ−ルと言います。年間を通して温暖な気候で、青い海と降り注ぐ太陽が訪れる人達を魅了しています。
イギリスやロシアの貴族が避寒地としてこの街を造ったのが始まりで、海岸沿いの道プロムナ−ド・デ・ザングレ(イギリス人の散歩道)はその名残です。19世紀末にはルノワ−ル、マティス、シャガ−ル、ピカソなど世界に名だたる画家が来てこの地を有名にしました。

ニ−スの丘の上、高級住宅が立ち並ぶスィミエ地区の一角にシャガ−ル美術館があります。旧約聖書のエピソ−ドをテ−マにした17点の連作はメルヘンチックな感じがします。プロヴァンス地方は穏やかな美しい自然が広がっており、その景観美を求めてゴッホやセザンヌがこの地を訪れています。中心都市エクス・アン・プロヴァンスではこの地で生れ育ったポ−ル・セザンヌのアトリエ、さらに題材となったサント・ビクトワ−ル山を見る事が出来ます。また郊外には紀元前19年頃造られた高さ49m、長さ275mの大水道橋ポン・デュ・ガ−ルがあります。

アヴィニヨンは14世紀にロ−マから法王庁が移された街で高さ50mの外壁に囲まれた巨大な法王庁宮殿があります。しかし“アヴィニヨンの橋”で歌われたサンベネゼ橋の方がお馴染みですね。アルルにはロ−マ時代の遺跡が多く、古代劇場、円形闘技場、コンスタンティヌス大浴場跡等があります。またゴッホ所縁の地で、ゴッホの描いたアルルの跳ね橋(復元したもの)、自らの耳を切り落として療養生活を送った病院を見ることが出来ます。プロヴァンスの生活はピ−タ−・メイル著の“プロヴァンス・シリ−ズ”でお楽しみ下さい。

記 平成16年12月
写真はアヴィニヨンの法王庁宮殿です


  - ヨーロッパ旅のひとこま -     2004年11月  川出 敏一

(2)「スペイン市民戦争とモデルニスモ、バルセロナ」

川出さんの定年退職10周年を記念しての エッセイ「旅のひとこま」第2回目は「スペイン市民戦争とモデルニスモ、バルセロナ」です。


スペインは1936年から3年間の内戦の後、フランコ将軍による独裁政権が続き、1975年に立憲民主国になりました。バルセロナの繁華街ランブラス通りではアナキストとコミュニストが対峙して市街戦が行われ、当時両雄が割拠した電話局、ポリオラマ劇場、ベレ−ン教会が現在も残っています。自らも銃撃を受けて九死に一生を得たジョ−ジ・オ−ウエルはその著“カタロニア賛歌”で市民戦争の陰惨な混沌とした有様を克明に描いております。

現在の通りには道路脇に露店が立ち並び、大道芸人が芸を競い合って多くの観光客で賑わっています。南端の海辺には高さ60mのコロンブス記念碑が立っていますが、西南方向に目を転じますと、ビルの屋上に赤いJVCのマ−クが見えます。バルセロナではカタル−ニャのア−ル・ヌ−ボと言われるモデルニスモの建築物を数多く見ることが出来ます。

良く知られているのはアントニ・ガウディのサクラダ・ファミリア贖罪聖堂ですが、その他にも巨石をくり貫いたミラ−邸、色ガラスと粉砕タイル張りの竜宮城パトリョ−邸、門扉にドラゴンが絡み付いているグエル別邸、破砕タイルの色彩も鮮やかにお伽の国を醸し出すグエル公園などがあり、これらは全て実用に供せられています。

その他、コロンブスがイサベル女王の謁見を受けた王宮、高さ70mの尖塔が聳えるカテドラル、ピカソ美術館など街の散策は飽きることがありません。歩き疲れたらバルで一休み、スペインにはシェリ−酒なる独特なワインがありますが、ビ−ルのグラスを片手にタパス(つまみ)を味わう方がスペインらしさを感じます。

平成16年11月 記
写真はグエル別邸のドラゴンの門、グエル氏はガウディの偉大なるスポンサ−です。


  - ヨーロッパ旅のひとこま -      2004年10月  川出 敏一

(1)コスタ・デル・ソルとアランブラ宮殿、スペイン

今回川出さんの定年退職10周年を記念しての エッセイ「旅のひとこま」を1年間の予定で毎月連載いたします。まずはスペインから...


ジブラルタル海峡からグラナダの南まで約250kmの地中海沿岸をコスタ・デル・ソル(太陽の海岸)と言います。燦燦と降り注ぐ太陽の光と紺碧の海のリゾ−ト地で、バカンスの季節にはスペイン各地や海外からの人達で賑わいます。高級ホテルに宿泊して海水浴は昼まで、新鮮な魚介類の食事と甘い果物のデザ−トの後はたっぷりとシエスタ(午睡)を取ります。

日差しが衰える夕刻からは街中の散策と買い物、夜の帳が下りましたらお洒落をして食事の後はタブラオでフラメンコを観賞します。海岸沿いの街ミハスは赤い花を添えた白壁の家が並び、如何にも地中海風です。内陸に入りますと、カルメンとドン・ホセの物語の舞台セビ−リャまた850本の大理石の円柱が林立する荘厳な回教寺院メスキ−タのコルドバがあります。
グラナダはイベリア 半島最後の回教王国でしたが、レコンキスタ(国・宗教の統一)を志すイサベル女王とヘルナンド国王のキリスト教連合に追われ1492年最後のム−ア人国王ボアブディルは一族ともども宮殿を去って行きました。

アランブラ宮殿はアルカサ−バ・王宮・ヘネラリ−フェからなり、宮殿の内部は繊細なアラベスク模様で飾られ、中庭には緑の木々と美しい花々が咲き乱れていますが、何となく栄華の後の物悲しさを感じます。
宮殿内で居住したワシントン・ア−ビングはその著“アランブラ物語”で宮殿の各部屋に纏わる伝説や恋の物語を描いておりますが、夕刻になるとム−アの騎士や王女様が現れる感じがします。

夜ホテルでの夕食が終わった後、グラナダ大学の学生がギタ−片手に民族衣装を着て現れました。男前も奏でるスペイン民謡もなかなかのものす。外に出ますと丘の上にアランブラ宮殿が月明かりに浮かんでいました。

記 平成16年10月
写真はアランブラ宮殿、ライオンの中庭です。

Photographs copyrighted (2004〜2008, kawade)