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薬師寺と私

木村 巳芳

◇遥かの昔皆さんも「修学旅行」で、奈良薬師寺に行かれたことと思います。
薬師寺には「東塔」と「西塔」があり、西塔は昭和56年にあの「高田 高胤」管長により再建されましたが、 「東塔」は薬師寺において唯一の奈良時代(天平年間)の建造物として現在に至っていますが、今回明治31年以来110年振りに「解体修理」が行われることになりました。工事がこの夏にも始まると、今後8年間は姿を見る事が出来なくなります。
そこで去る6月25、26日に解体修理の無事を願う「東塔大修理着工法要」が開かれ、全国から約2万人の人が参列しました。歌舞伎俳優の市川団十郎さんの舞も奉納されました。
薬師寺の「三重の塔」は、見てお解かりの通り、屋根の出が6か所にあり、一見六重の塔に見えますが、下から1・3・5番目の屋根は裳階(もこし)と呼ばれ、 いわば「装飾屋根」ですが、外観の優美さを際立たせる効果が大きいため、特に寺院建築で多用されたようです。したがって構造的には三重の塔です。

薬師寺をお守りする「阿形」と「吽形」

◇私はこの30年来写経に興味を持ち、以来ずっと続け、薬師寺にも納経をして来た関係で、 「熱心な信者」と見做され、この法要に招待され行ってきました。
この解体修理が全て終わると、色々のものが納められるのですが、私の書いた「舎利礼文 (しゃりらいもん)」という「写経」も納められます。
一般的に「お骨」になる前は、「般若心経」が詠まれ、お骨になった後は「舎利礼文」が詠まれます。
納経は2通持って行き、一通はインドのお寺に、そしてもう一通は「東塔」に納められます。


今回は少なくともあと8年は見ることの出来ない、奈良薬師寺の東塔で行われた、大修理法要へ行ってきたレポートでした。