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コロラド便り(その33)
2005年7月1日(水)
萩原 正喜/コロラド
註:このコロラド便り(その33)には、萩原さんがご自分で撮影された写真を掲載しました。写真下の解説文と共にご覧ください。
(なお、フォトレタッチは郷さんです。)

Sakura Square in Denver
デンバーのダウンタウンに在るサクラ・スクエアー:


デンバーのダウンタウンにはその四方を道路で囲まれているサクラ・スクエアーと呼ばれる一ブロックが有って、かって太平洋戦争中に多くの日本移民の人達が米政府の命令によりアメリカ内の4個所に設けられた収容所に強制収容されましたが、コロラドにもその収容所の一つが在り多数の日系人が収容されていました。
戦争が終って自由となったのですが多くの人達はコロラドに残って農業を中心に定着しています。

そうした日系の人達が助け合ってアメリカ社会で生きて行くために日系人会が組織され、その後ビジネスで成功し資産を残した人達や日系人会の人達の手でこの「サクラ・スクエアー」が建設されました。

中心となる20階建ての大きなアパート「玉井タワー」や浄土真宗のお寺、2階建ての広い駐車場、日本の各種食料品類や陶器・漆器そして新鮮な魚や野菜などを販売するスーパー、レストランなどからなっていますが、写真の一角は庭園風に植木などが植えられて、強制収容所時代に日系人の人権を尊重したコロラド州知事だったCarr 旧知事の胸像や日系人の人権保護に活躍した安井弁護士の胸像が建てられています。

コロラドの日系人達の言わば心の拠り所といった「サクラ・スクエアー」ですが、今回はそこで毎年恒例となっている6月18日(土)、19日(日)に開催された「Sakura Festival(桜祭り)」の様子を撮影しました。

6月に入ってからコロラドの天候は早くも夏の陽気となって、かなりのまとまった降雨があったり、非常に多量なピンポン玉くらいの大粒の雹に見舞われて排水口が雹で塞き止められて道路が大水となってしまってハイウエイが交通遮断となったり、コロラドスプリングスの町では街中が乗用車が浮いてしまうほどの大水に見舞われて前代未聞の大水害と言った調子で例年以上に天候が異状と言えそうです。

先のレポートで報告した警察官をピストルで殺害したメキシコ人がその後メキシコ国内で逮捕されたというニュースが伝わりましたが、最近になって我が家から近くに在って家内や娘が良くショッピングに行くオローラ・モール内でピストルの乱射があり一人死亡、もう一人が重傷といった事件が起きたりしています。
その後その犯人は見つかり逮捕されましたが、お陰でオローラ・モール内の各店への客が遠のいてしまい、売上げ面でバッタリといった事になっています。

今年の女子ゴルフLPGAツアーのUSオープンはデンバーの南西の端に在るCherry Hills Villageにある名門チェリーヒルズ・カントリークラブのゴルフコース(6749ヤード・パー71)で6月23日、24日に予選、6月25日、26日ファイナルと言うことで開催されました。
コロラドで行われるアメリカ内でのビッグ・ゴルフ・イベントと言う事で地元の新聞やTVのニュースでは週初めの6月19日(日)からコースの詳細な紹介から、参加選手の紹介に至るまで連日チェリーヒルズ一色でした。

日本からは不動、山口、宮里、肥後、東尾の5名のプロ選手が参加しました。
特に宮里藍選手への日本からの報道陣やギャラリーの熱心さは地元新聞記者も驚かされたのか、かなり大きく紙面を割いて写真を含む記事が載りました。初日と2日目の予選でいずれの日本人選手はスコアーを崩して肥後かおり選手のみが8オーバーパーの52位でやっと予選を通過し、後の選手は翌日の本戦出場はなりませんでした。
当然の事ながら日本各選手のプレーの様子は全くニュースに載らず、今年のメジャー大会での3連覇を狙うスエーデンのSorenstam選手の苦戦の様子とアマチュアゴルフ界から参加しているMichelle Wie選手(15才)とMorgan Pressel選手(17才)の活躍が大きな写真とともに伝えられています。

結局、ファイナル・スコアーは韓国の金選手が3オーバーパーで優勝し、2位はMorgan Pressel選手(17才)とBrittany Lang選手(19才)の何れもアマチュア選手がタイとなってアマチュア選手の活躍が際立った大会だったと言えます。 15才アマチュアのMichelle Wie 選手は最終日で大きく崩れ優勝候補だったSorenstam選手と共に23位タイとなっています。
日本の肥後かおり選手は最終スコアー20オーバーパーで58位と世界の壁の高さを思い知らされた大会だったと思います。

ちなみにギャラリーとしての参加費は一日35ドルで17才以下の子供は大人同伴であれば無料、観戦にはカメラ撮影と携帯電話の持参は禁止となっていました。

Bust of Colorado State Governor Carr
太平洋戦争中のCarrコロラド州知事の胸像:


サクラ・スクエアーの一角に在る、かって太平洋戦争中にコロラド州の知事を務めていたRalph Carr旧知事の胸像です。

戦争中に日系人達が強制収容されたConcentrate Camp( Internment Campとも言います)の一つがデンバー地区にも在りましたが、当時のCarr 知事は「日系人と言えどもアメリカ人である。」としてコロラド州内であれば自由に行動してよい、という通達を出して収容された日系人の人達の人権の保護に配慮した政策をとりました。 後になって自由となった日系人の人達が当時のCarr 知事の功績に感謝して胸像をサクラ・スクエアーに建立してその業績を称えたものです。

そうした事があって戦争終了後もコロラドへ残った日系人の人達が多くを占めて日系人会とともにコロラドへ定着しています。

現在のアメリカ人が思っている完全な裕福度:

通信社のCNNが継続して実施していて最近45493人のアメリカ人を対象としたお金に関するアンケート調査結果によると、アメリカ人が思っている「完全な裕福度」のレベルは自分の持っている住宅を除いて左記の金融資産額を所有している事、と言う結果になっています。

50万ドル ―――――――― 6%
100万ドル ――――――― 18%
500万ドル ――――――― 40%
1000万ドル ―――――― 17%
1500万ドル以上 ―――― 18%

と言う事で平均的には500万ドル以上の金融資産を保有している事が裕福度の条件、と言う感覚です。
ちなみに、調査では15才以上のアメリカ人100人に1人は100万ドル以上の金融資産を株式や投資信託またはその他の金融資産と言う形で所有している事になっています。

一方、平均的なアメリカ人の銀行預金額では全体としてはマイナスでその分株式や投資信託といった投資に向けており、ローンを多く抱えて居る人達が多くを占めており、日本人の金融資産の多くが銀行預金やタンス預金となって停滞しているのと対照的です。
ひと頃までは大金持ちの基準がMillionaire(百万長者)であったのが近年ではBillionaire(億万長者)でなければ大金持ちとは言わないといった感覚にアメリカ人の意識が変わってきているのも現実です。

Miniature Temple Tower & Girls
ミニ五重塔をバックに記念撮影:

サクラ・スクエアーの庭園内にはミニ五重塔があって、それを背景にして娘さん2人がサクラ・フェステイバルの為に浴衣を着て記念撮影をしていました。 着付けが少々変ですがそんな事は気にせずこの恒例行事を楽しんでいます。

25セント硬貨のコロラド州版デザイン決定:

現在アメリカ連邦造幣局が1999年に最初のデラウエア州版から始まって進めている25セント硬貨(Quarter)にアメリカ50州の州別のデザインをあしらった新硬貨シリーズの発行は東部の各州から始まっていよいよ来年にはコロラド州の順番となってきています。
今回かねてよりそのデザインの検討を進めてきた州知事のBill Owens氏の奥さんを議長とする12人のメンバーから成る委員会Colorado Commemorative Quarter Advisary Commissionの検討結果を踏まえてOwens知事から最終案の発表がありました。
その最終候補に残った5枚分のデザインについて最終的にOwens知事がその中より最終のデザインを選択しています。

コロラドと言えばロッキー山脈と言う事でロッキーマウンテイン国立公園内から見るLongs Peak山をモデルにしたものと思われる峰をあしらって有り、コロラドが州となった1876年の表示と「Colorful Colorado」の文字が刻まれています。
ちなみに来年2006年にリリースされる25セント硬貨の各州はコロラドの他にNorth Dakota,South Dakota,Nevada,Nebraskaの各州が予定されています。
現在出回っている各州版に加えて2008年でアメリカ50州の全部のコインが揃うと言うことで子供たちやコイン収集家のコレクションとしての対象にもなっています。

デンバーには昔からアメリカ連邦造幣局のコイン製作所(Denver Mint)あって当初金貨や銀貨の製造を行なっていましたが、その後のアメリカで使用されている殆どのコインを手がけてきています。
今回のコロラド州のコインもデンバーの造幣局で製造されて全米に配布されるものと思います。
皆さんもアメリカへ来られたら手元にある25セントコインの片面を見てどの州のものか確認して見てください。 まだ、現在でも昔からのものも多く市場に残っていますが、最近ではかなりこの「50州シリーズ」のクオーターが多くなっています。

ちなみにこのモデルとなったと思えるLongs Peak峰の標高は14255フィート(海抜4344m)で頂上から右肩へ降りて行くギザギザな稜線がありますがKeyboard of the Windsと呼ばれている部分です。
このクオーターの州シリーズはアメリカ連邦で州となった順番にコインにしており、アメリカで最初に州となったのは現在のDelaware州で1787年12月7日の事です。 そしてペンシルベニア、ニュージャージー、ジョージア、コネチカット、マサチューセッツと言った順番で州となっていますが、コロラド州は38番目で1876年8月1日に州となっています。

それまではコロラドはテキサス州の一部の属領となっていましたが、1815年頃のコロラドのゴールドラッシュによる急激な人口増加とデンバーやコロラドスプリングスの町としての発展によって州に昇格しています。
アメリカで最も新しい州はハワイで50番目、1959年8月21日で、49番目はロシアから買収したアラスカ州の1959年1月3日となっています。

アメリカの国旗「Stars and Stripes」はその星の数は州の数、横線は植民地だった州の数を示していますが1777年の6月14日に開催された連邦議会で国旗が制定されましたが、当時はいわゆる「東部13州」で13の星と13の横線で国旗が出来ていました。以降順次州の増加とともに星の数が国旗に増えてきています。
そして国旗の制定された6月14日は「Flag Day」と言ってアメリカの祝日となっています。


Big Bell at Denver Buddist Temple
お寺と梵鐘:


デンバーのビル街の中に有るので山門があって、という訳には行きませんが、サクラ・スクエアー内に在る浄土真宗のお寺です。 この様な大きい立派な梵鐘もあって、建物の中には大きな講堂を囲んで多くの教室となっています。
いろいろな年中行事を始め日系人の子供を対象とした日本語教室や日本の地理・歴史などの教室も毎週開かれています。

戦時中のデンバーの強制収容所に入った人達は広島出身の人達が多く浄土真宗の信者が多かったので、戦後コロラドへ残った人達はまずお寺の建立から、と言う事だったと聞いています。
「サクラ・フェステイバル」ではその大講堂が開放され屋台形式で鶏肉の照焼き、牛肉のバーベキュー、豆腐の煮物、のり巻き寿司などが振る舞われサッポロビールで大勢の人が日本の味を楽しみました。 その外書道のデモや茶道そして柔道の演技なども行われています。

米空軍士官学校の卒業式:

日本なら学校の卒業式は3月下旬と言うのが通常ですが、アメリカでは8月下旬から新学期が始まり、6月後半からは長期の夏休みに各学校が入りますので卒業式は5月下旬から6月初めに行われます。
コロラドスプリングスの町の郊外に在るアメリカ空軍士官学校の卒業式が6月1日(水)に学校の敷地内に在るファルコン・スタジアムで学校関係者や卒業生家族、友人など26000名の参加のもと行われました。

今年の卒業生は開校以来47期目の卒業で9/11の同時多発テロの少し前2001年9月の入学式時には1269名が入学しましたが、今年の卒業生数は906名で男子746名、女子160名が目出度く卒業となっています。
ちなみに卒業生の内518名は引続き航空パイロットの訓練を受ける事となっており、 また100名余りが衛星を使用する偵察通信のチームでの訓練を今後受ける事となっています。
卒業生には卒業式で2nd Liutenant (准尉)の位が与えられます。
この式典の為に米政府からチェイニー副大統領が特別に出席して祝辞を述べました。
また、式典での恒例のアメリカ空軍のアクロバット飛行チームのThunderbirds5機による編隊飛行が会場上空で行なわれ花を添えています。

ニューヨーク郊外に在る陸軍士官学校やバージニア州アナポリスに在る海軍士官学校とならんで3軍士官学校の一つのコロラドスプリングスの空軍士官学校ですがこの3校の中では最も歴史が浅く第2次世界大戦の終了後新たにデンバーに開校したものを後にコロラドスプリングスに移設したものです。
ここの卒業生から将来のアメリカ空軍を支える頭脳明晰・身体強健な士官たちが輩出されています。

卒業生中の女性の数が全体の18%と非常に多いのは驚きですが、インデイ500レースで女性ドライバーが4位に入る時代ですから不思議では全く有りませんが、空軍の仕事が戦闘機乗りが全てではなく衛星を介しての通信・偵察といった分野なども含めて変化してきている証拠と言えるかもしれません。しかしながら、湾岸戦争や今度のイラク戦争などの場面を見て女性の戦闘機乗りもかなり居る事が分かり「アメリカだなあ」と思わされる状況です。


Pacific Mercantile Company
日本の食料品を扱うスーパー:


サクラ・スクエアーで日常的に最も活発に活動している商店です。
日本の食料品なら殆ど何でも揃っています。 納豆や豆腐といったものから新鮮な野菜や鮮魚類、味噌、醤油そして米、お茶など丁度日本の田舎にあるスーパーと同じです。

以前は我が家も懇意にしてもらっている野口さんファミリーで経営していましたが現在では株式会社組織となっています。
周囲に住んでいる日系人の人達だけでなく、多くのデンバー市民が来店して何時も繁盛しています。
食料品の他に日本風な茶碗やお皿、急須や徳利にお猪口などの瀬戸物類も販売しており、昔ながらの日本のものなら何でも、という感じです。

幾つか見られる前の白いテントは、このサクラ・フェステイバルの為に前の道路を閉鎖して敷設された露店の数々で、日本にちなんだ多くの雑貨品をそれぞれで販売しています。
物珍しさで多くの人達が見てまわっています。 特にこの日は暑く直射日光が強かったので、紙と竹で作った小型の日傘が沢山売れていました。

コロラドスプリングスでの航空ショー:

新旧いろいろな航空機を使っての編隊飛行、アクロバット飛行や実物機の展示などでアメリカで人気がある「航空ショー」ですが、このレポートでも昨年はコロラド州の北に在るFort Collinsの町の空港で開催された事を報告しました。

今年はデンバーから100km程国道25号線を南へ行ったColorado Springsに在るピーターソン空軍基地を使って「Front Range Air & Space Day Air Show」と言う名称でメモリアルデイ・ウイークエンドの6月4日(土)に多くの観客を集めて開催されました。
地元新聞にはショーでの様子を示す写真が載って、かって第2時世界大戦の末期で活躍した偵察攻撃機のP―51と現在の主力戦闘機F−15(Eagle)によるプロペラ機とジェット機の新旧花形戦闘機の会場での編隊飛行の様子を紹介していました。

F−15は現在オローラ市に在るBuckley Air Guard 基地に配備されて定期的なコロラド周辺の空域の監視や偵察を行なっています。
また、P−51の方は最後のプロペラ戦闘機の傑作で特に高々度での飛行性能や航続距離の長さを活かして活躍し、後の朝鮮動乱の時にもジェット戦闘機に混ざって活躍しました。また、ショー会場となったピーターソン空軍基地には北米空域戦略指令本部が置かれており、北米大陸全体の空域の監視と防衛の要となっています。

Road Closed for the Sakura Festival
サクラ・フェステイバルの為に閉鎖された道路:

サクラ・スクエアーはデンバーのダウンタウンの北寄りのLoDo ( Lower Downtown )の19th Street と 20th StreetそしてLawrence StreetとLarimer Streetの4つの通りに囲まれた1ブロックに在ります。

このサクラ・フェステイバルの為にLawrence Streetをこの様に交通遮断して道路に特設舞台と観客席、そして多くのテント張りの露店のスペースを作っています。
道路は6車線有りますので充分な広さが確保されています。

ボールダーの街中で行われる10kmランニング大会:

Memorial Dayに毎年行われているコロラド大学の本校のあるボールダーの町で行われる10kmランニング大会は「 Bolder Boulder」と言う呼称で全米でも知られているイベントでコロラドの夏への突入を告げる毎年恒例の催しです。

距離はマラソン程でなく10kmの町中をコースとしていますが、マラソンの有森侑子に始まって高橋尚子や日本の女子マラソンのヒロインたちが高地練習にボールダーを使ってきている様に標高が高いので世界の各地を始め全米からも有力長距離ランナー達が参加しますが、一般市民達の参加も大勢で総参加登録人員の総数は46481名に上りました。 ちょうど日本の青梅マラソンの高地アメリカ版といったところです。
自転車ロードレースではツールドフランスで2連勝をしている有名なアームストロング選手を輩出しているボールダーですが、アメリカ長距離界ではここのところ強力な選手が表れていません。

今年は最近とみに弱くなったアメリカ男女陸上長距離陣の回復を計る試金石となるイベントと言う事でアメリカ陸上ナショナルチームからも主力の男女の選手が参加しています。
かってのアメリカの世界的なマラソンランナーでオリンピックマラソンの金メダリストでもあり、このBolder Boulder 10kレースの創始者の一人でもあるFrank Shorter さんも参加し、当時最初のこのレースは1979年に行われましたが参加者は2700名で今回の第27回のレースには46481名がの多数が参加登録する大レースとなり世界の10大市民マラソンレースの一つに数えられるようになりました。

案内書の地図にはこのレースの行われるボールダーの町のコースが示されており、コースのスタートからゴールまでの標高差の変化を示しています。 街中ですので最も低い場所で標高5284フィート(1610m)そして最も高い場所が5391フィート(1643m)と言う事で標高差では33m程となっています。
翌日の地元新聞ではトップページを始め大きな紙面を割いて結果の報道をしていますが、世界レベルの競技選手、一般市民選手、車椅子選手のそれぞれに付いて順位が発表されましたが、市民ランナーの部では男女別にそれぞれ1ページずつを使って1位から700位までの選手名と住所が載りました。
世界レベルの競技選手の女子の部ではコロラド州の南部にあるGunnisonの町出身のElva Dryer選手が首位となり続いて2位エチオピア、3位アメリカ、4位に地元ボールダー出身のColleen De Reuck選手が入り、5位に日本の千葉真子選手、そして7位に日本の尾崎真理選手が入りました。

男子の部ではエチオピアの2人の選手が圧倒的な速さで1・2フィニッシュを飾り、3位ケニヤの選手、4位がメキシコの5位がエチオピアの選手と13位までが全て外国選手で占められ14位にボールダーのClint Wells選手がやっと入ったと言う結果です。
国別のチーム得点順位では、女子の部は1位アメリカ、2位エチオピア、3位に日本、4位ルーマニア、5位メキシコ、6位南ケニヤ、7位コロラドチーム、8位韓国という結果で、男子の部は1位エチオピア、2位ケニヤ、3位メキシコ、4位エクアドル、5位アメリカ、6位ロシア、7位オーストラリア、8位コロラドチームと言う結果でした。

個人の部では1位賞金3000ドル、以下2位2000ドル、3位1500ドル、4位1000ドル、5位800ドルと10位までにそれぞれ賞金が渡され、チーム順位の部では1位15000ドル、2位1万ドル、3位7000ドルと7位までにそれぞれ賞金が渡されています。
女子の部首位のElva Dryer 選手は当初このレースには参加する予定ではなかったのですが、このBolder Boulderレースで過去3回女子の部でトップと言う記録を残しているDeena Kastor選手が怪我で出られなくなった事から招待されて参加し今回のチャンピオンタイトルを獲得しています。
記録としては1979年の初回以来女子の部での過去5番目の記録でした。


Street Stalls
テント張りの沢山の露店:

交通遮断された道路一面に張られた多くのテントは昔の神社の祭礼などの露店と同じで、日本にちなんだ懐かしい物珍しい品々を販売しています。 全部で50店以上になるでしょうか。
デンバー市警察から警察官が3名ほど派遣されて巡回していますが、日系人の警察官が特別に配置されて居るようです。

自転車山岳ロードツアー「Ride the Rockies」:

毎年このシーズンになるとこのレポートで報告してきた、毎年恒例のロッキー山脈の山中を毎年コースを変えて一週間かけて走破する自転車ロードツアーのRide the Rockies の様子が地元新聞に載っています。
毎回先着2000名に限定してのツアーですが既に以前に参加者の募集は終了して6月25日のスタートとなっています。 毎年募集開始とともに締め切りといった事となるので最近では希望者全員を募ってから抽選で2000名に絞るといった事になっています。

開催開始以来20周年にあたりますが、今回はデンバーから国道70号線をロッキーを越えて西へ行ったユタ州との州境に近い西山麓の町Grand Junctionを起点として7日間をフルにかけて総延長405マイル(652km)を走破するものです。
最終ゴールは標高の高い事で知られているロッキー山中のスキー場の町Breckenridgeの町ですので平均してコースは登り、といった厳しい道のりとなっています。
走行日別のコースの標高を調べて見ると、2日目のGrand Mesa(標高10839フィート・3304m)、第5日目のMonarch峠(標高11312フィート・3448m)そして最終日のFremont峠(標高11318フィート・3450m)と3つの難関が待っていますが、その間も平均して海抜の高い山中のコースですので、空気が薄く大変な体力と忍耐力とが必要とされ、日常練習で鍛えていないで参加すると落伍者となることは必然です。

主催はコロラドの地元新聞の一つであるThe Denver Postですが、メインスポンサーは昨年のCoors Beerに代わってWells Fargo 銀行となっています。 その他サブスポンサーとして多くのスポーツ関係の企業や健康関連の企業が当っており、ビール会社のNew Belgium Brewing Companyがこのツアーのオフィシアルビールとなっており、一日の走行を終えた後のビールの提供や音楽バンドの演奏などのサービスを参加者に行ないました。

私は今までに今回のコースを自動車で殆どの部分を走っていますが、道路の路面状態は大変良好で問題ありませんが、標高の高さによる希薄な空気と連続する登り勾配には人力で走るには相当に鍛えてないと無理と感じています。何せ富士山の8合目から9合目の上り下りを連続して走るようなものですから。

初回からツアーの先導を務めているPaul Balaguerさんのコメント:

Ride the Rockies の初回目からツアーの先導役を務めているPaul Balaguer さんがこの20年を通しての感想を述べています。
「2000名からの自転車のツアーでそのサポート部隊は大変です。 初回の時はたったの15名で運営していましたが今回は150名以上のサポート部隊が活躍します。

20年のツアーの中にはいろいろな事が有りましたが、特に大変だったのは昨年で、ロッキー山脈国立公園のTrail Ridge Roadを通過するコースを設定しましたが前日になってこの季節に降雪があって路面が凍結している上に雪が10センチくらい積もって道路が封鎖されてしまい、やむを得ずこのコースは中止して、急遽次の区間の起点のGlanbyの町までボールダーの町から片道車で7時間かかる別の道を経由して2000名の参加者とその自転車、荷物を運ばなくてはならなくなって、結局20台のフルサイズのバスと9台の小型トラック、そして4台の大型トラックで2往復して完了した事です。
また、2002年の時には州内の多くの個所で山火事が発生して、Ride the Rockiesのルートにも何個所かの延焼中の場所があって急遽ルート変更を余儀なくされた事などが印象に残っています。

2001年からルートに当る主要な町の自治体からのサポートがPost−News Communityと言う名称で得られており、サポート資金として通過各町より合計25万ドルの援助を含め総計35万ドルの資金提供が行われています。 この20年間でここまで人気が高まるとは全く予想していませんでした。」


Sound of Drums
太鼓の演奏:


続いて仮設ステージでは和太鼓のチームによる演奏が始まりました。
見物の人達も大分増えてきました。
この場所では午後7時半からは盆踊りが開催される事になっています。

GM(General Motors)社の近況:

世界最大の自動車メーカーのGM社は先の株主総会で2008年末までにアメリカ内の製造部門で働いている従業員の少なくも25000名の解雇を行ない、それに関連する組み立て・部品製造工場を閉鎖しそれらの完了時には年間で25億ドルの節約が出来る計画との発表を行っています。
GM社のアメリカ内での時間給従業員数の変化を見て見ると近年継続して従業員数を減らして来ています。
現在GM社の全世界では32万4000名の規模の従業員数ですが、アメリカ内の総従業員数は約15万人でその内の11万1000名が時間給の労働者となっています。

同社のコロラド州内では数箇所の部品製造部門が在りますが、最近ではオローラ市に2003年にオープンした配送センターがあって現在102名の従業員が働いています。 その他デンバーには同社の排気ガス性能試験所が在ってGM社の新車の高地の性能テストを行っています。 それらのテストコースとしては標高14110フィート(海抜4300m)の頂上まで自動車の登れる道路が在るPikes Peak山が利用されています。 (ホンダも同様な試験所をデンバーに持っています。)
近年トヨタの追い上げで売上げ面で苦戦を続けているGMですが生き残りを賭けての思い切った経営策と言うことですが会社の規模も大きいので効果的な施策も相当な規模となります。


Drums Team
和太鼓演奏チーム:


この3人のグループは依頼を受けるとこうした演奏をして全米各地を周っている言わばセミプロの人達でさすがにそのバチ捌きも見事です。
和太鼓2つと横笛の合奏です。

デンバーで開かれた寿司・酒・相撲イベント:

5月20日(金)にプロのアメリカン・フットボール・チームのデンバー・ブロンコスのホームグラウンドであるInvesco Field at Mile High を会場として開催された コロラド大学医学部のガンセンターの基金を集めるための慈善興行の案内記事が地元新聞に大きな紙面を割いて載りました。

誰の発案でこうした日本のイベントを行なう事となったのか不明ですが、寿司を肴にお酒で一杯やりながら相撲見物をしようと言う嗜好ですが、本格的なショーとしての相撲の他に見物に来ているお客同志での飛び入り相撲の取り組みも行われる事となっています。
もともとこうしたイベント興行を行ないながら全米を廻っている興行チームが有って、この相撲は日本相撲協会とは関係がありません。 しかしながら、力士の髪型やまわしなどは本格的なものの様です。
チームの力士の数は総勢10名ですが、このイベントのために15000個の寿司と4000杯分の清酒が準備されました。
入場料は前売り券で50ドル、当日券で65ドルとなっています。

今回の興行はニューヨークから始まってカリフォルニア州の各都市、そしてユタ州のソルトレークシテイ、更にデンバーと言う巡業ですが、10人の力士を始め相撲に必要な用具まで含めてフロンテイア航空がその輸送を受け持っています。
航空機内では大型力士なので2人分の座席が必要なのではないか? と心配になりますが、実際には彼等はそれほど幅広のヒップではなくてビジネスクラスの座席なら何ら問題が無いと言うことです。しかしながら航空機の前方座席に10人もの重量物が集まると飛行中の機体バランスがくずれるので、同時に搭載する貨物でバランスを事前にとると言うことが行われています。

日本相撲協会のアメリカ巡業は時々行われますが、ニューヨークやロサンゼルスでの興行でデンバーへはやって来ません。 寿司や日本酒は日本食レストランでポピュラーとなっていますが、相撲はまだ物珍しいイベントで特にこうした大型力士の取り組みはSomething New好きなアメリカ人にとっては興味の引かれるものなのかもしれません.


Drums Session
和太鼓の合同演奏:


3人の和太鼓チームに更に3名の飛び入りの人達が加わっての演奏です。
「デンバー太鼓」チームの人が2名とハワイの和太鼓チームでやっているという人が加わっての合同演奏となりました。 大太鼓をかわるがわる演奏して自慢の腕を披露しました。
デンバーの日系人会には「デンバー太鼓」という和太鼓の演奏グループが有って週末に集まって専門家の指導なども受けながら大勢のメンバーが練習しています。

「デンバー太鼓」のグループは成人部門と子供部門に分かれていて、今回の「サクラ・フェステイバル」には両方のチームがそれぞれのプログラムで演奏して日頃の練習の成果を披露しました。

VCRからDVDへの移行:

全米チェーンのデパートWal-MartとTargetの各店ではVHSテープによるビデオソフトの在庫を主要新リリースのタイトルを除いて一掃する事になった、との方向が示されています。
このデジタル化の動きは全米の各店に於いて実施されるものと見られており、同様にBestBuy店やCircuitCityの各店でも同様な動きがすでに始まっています。
と、いった記事に関連してコロラドの地元新聞ではベータマックスから始まってPSPに至る30年に及ぶ過去の推移を大きな紙面を割いて人類の進化とダブらせて絵入りで解説しています 。

DVDプレーヤーの家庭への普及はアメリカ全体の所帯数の約60%に当る6500万所帯に現在では行き渡っているが、VCRの普及は9400万所帯に及んでおるものの、それぞれの最近のセールスの状況を見ると明らかにVCRの消滅の方向がハッキリしてきている、としています。すなわち、

 
VCR
DVD
2001年
1490万台
1270万台
2002年
1350万台
1700万台
2003年
640万台
1250万台
2004年
230万台
1230万台

また、2004年のアメリカの消費者がDVD及びVHSで購入したりレンタルで使った総金額は240億ドルで同時期に映画館で消費した金額は94億ドルとなっています。
こうしたホームビデオ業界は各映画スタジオの収入の大きな部分を占めており、2002年に於ける各スタジオの総売上げはセルビデオやレンタルで130億ドルとなっています。
この金額は各映画スタジオの総収入の約60%に当ります。
この地方新聞の紹介記事のタイトルが「It's not your father's VCR」となっており、「VCRはもはや貴方のお父さんの所有物では無い」と言った感じですが、VCRは父の日に奮発して買い求める商品では無くなってDVDがその代わりとなっている、としています。


Audience
和太鼓演奏の観衆:

仮設ステージから反対側を眺めると太鼓の音に寄せられて多くの観衆が集まってきました。 強い陽射しの中にもかかわらず熱心に和太鼓の演奏に聞き入っています。


コロラドの夏山の音楽祭:

コロラド・ロッキーの山中の町ではこのシーズンには規模の差は大小有るものの多くの音楽祭が開催されます。
昨年迄継続していたロッキー山脈中のスキーリゾートの町WinterParkでのJVC Jazz Festival は今年は7月30日(土)、31日(日)の2日間行われます。今年はJVCがスポンサーとなっていないようですがWinterPark Jazz Festivalと言う事で継続実施されます。
夏はハイキングや登山、乗馬によるツアーなどのリゾート客で賑わうWinterParkの町の恒例の行事の一つとなっています 。

この他にコロラドでの音楽フェステイバルとして恒例となっているものとしては、ロッキー山脈国立公園への入り口の町Lyonsで開催(7月29日 −31日)されるRocky Grass Festival,そして一年中を通じてリゾート地として有名なAspen の町での Aspen Music Festival(6月22日−8月21日)、更にはロッキー山脈の南部の山中の「コロラドのスイス」と呼んでいる町TellurideでのBluegrass Festival といった(6月16日−19日)野外音楽会が開催されています。

デンバーのダウンタウンの街中でも道路の交通閉鎖をして行うAT&T Jazz Festival が毎年行われていますが、今年はまだその案内がされていません。 デンバーの街中なのでもっと期日が近ずいてから案内したのでも良いと言うことなのでしょうか?
アスペンでのクラシック音楽演奏会を除いて何れもジャズまたはブルーグラスバンドの演奏ですが、コロラド人にとって好みの音楽ジャンルなのかもしれません。

Kid in Daruma
記念撮影の子供:

フェステイバルの案内所の脇に何処かからか外してきたと思われる達磨の絵の顔の部分がくり貫いてあるボードが立ててありました。 子供が顔を出して親が記念写真を撮っていました。
脇に「達磨とは何か?」と言った解説書が貼り付けてありますが、そんな事は気にせず子供には日本文化の一端に触れる印象深い一日となった事と思います。

6月に入って天候だけでなくコロラドでのいろいろな行事も夏一色となってきました。
日本のように梅雨という事が無く湿度が低いコロラドの夏ですが、私が住み着いてから7年になりますが今年は雨が多く(と言っても夕立ですが)今までに無い湿度の高い陽気となっています。 お陰で各貯水池の今まで不足していた水位が上がって満水近くとなって水不足の心配が薄れています。 また、毎年この時期となると発生する森林火災についても今年は治まっています。

私の住んでいるオローラ市では多く水を消費するほど高額料金となる体系を敷いて市民の節水への協力を訴えています。 また、芝生への散水はハウス番号が奇数の家は月、水、土の週3回で放水時間の制限は無くなっています。(偶数の家は火、木、日の週3回)
3年前のコロラドの大渇水以来市民へ「水は金で買えない」といった観念が植えついた様です。
同様に車のガソリンの節約や日常の食料の節約などが市民の間で進むと良いのですが。
暑い夏に向う季節、皆さんには健康に気を付けられ元気に乗り切られるよう祈っております。


[ 以上 ]

 
 
Copyrighted to: Mike Hagiwara
Photographs copyrighted (2002〜2005 Mike Hagiwara)